未来へ伝えるために

いわきの3.11を語りつぐ

2011年3月11日、東日本を襲った震災は、いわき市にも大きな被害を及ぼしました。
いわき市がすすめる「災害に強い街づくり」のなかで、海岸線には津波の減災を目的とする広範囲の防災緑地がつくられました。
やがてこの地に植樹した木々が花を咲かせ緑の海岸をつくる、その未来にも3.11の記録を伝えゆかなければならない。
この地域で暮らす人々にはその想いがあります。
いわきの3.11の記録を残す施設、津波被災地域の方によって建立された慰霊碑をご紹介します。

地域住民を津波から守る
災害時の防災拠点機能といわき市役所の支所・公民館のまちづくり活動拠点機能を一体化させたもので、東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波で甚大な被害を受けたいわき市久之浜地区で津波発生時の避難用として建設されました。 鉄筋コンクリート3階建て、延べ床面積は約2千平方メートルで、1階に市役所支所と公民館の窓口を置き、2階と3階に研修室や津波の教訓を後世に伝える資料室などを設けています。また、災害発生時には、同ビルから海側300メートルの範囲の住民約260人の緊急避難所として、避難スペースや3日分の水と食料等を保管した備蓄倉庫、非常用発電設備等の機能を備えています
3.11いわきの東日本大震災展 常設展示
いわき・ら・らミュウ2階のライブいわきミュウじあむでは、いわきの様々な様子を、パネル、映像、ミニシアター等でご紹介しております。
いわきの東日本大震災展、浮体式洋上風力発電交流コーナー、絵本コーナー、いわき市民ギャラリーが設けらています。
入場無料となっておりますので、ぜひ、ご来場ください。
平豊間地区、平薄磯地区、平沼ノ内地区、久ノ浜地区は、東日本大震災による甚大な津波の被害をうけました。
地域の方々は、震災で亡くなられた方への鎮魂と、再び起こりうる津波に備えるためそして後世に教訓として伝えていく想いを込めて、この地に碑を置いています。
東日本大震災慰霊碑
豊間地区は巨大地震に伴う高さ8.5mの大津波に襲われ、壊滅的な被害を受けました。流失家屋は400戸を超え、住民85名もの尊い命が失わました。
この地で亡くなられた方々の御霊を慰めるとともに、二度とこ…
海をみる 
ブロンズ像「海をみる」は、東日本大震災による津波で大きな被害を受けた平豊間塩場の防潮堤に置かれています。
震災からの復興に尽力した前豊間区長で漁師をしていた鈴木徳夫さんがモデルで船の先端で魚影を探す…
未来への希望『記憶石』
全国各地からの多くの支援と、人々の尽力で、津波で被災した街は自然と調和した緑地道路を持つ美しい街へと生まれ変わりました。
その一方で、時間の経過とともに「あの日から今日まで」を伝えることが難しくなっ…
東日本大震災慰霊碑 薄磯地区
東日本大震災の津波でいわき市最大の被害が出た薄磯地区では、住民766名265世帯の家屋はほとんどが流失しました。御影石の碑に犠牲となった住民ら122人の名前が刻まれています。
「大きな地震が来たらす…
東日本大震災追悼伝承之碑 久之浜・大久地区
久之浜・大久地区では東日本大震災によって関連死を含め69名が犠牲になりました。
「東日本大震災追悼伝承之碑」は、大震災にあっても津波倒壊を免れた久之浜稲荷神社(秋葉神社)に置かれています。いわき市久…
東日本大震災の記 沼ノ内地区
平沼ノ内地区は弁天川へ直接津波が溯上してあふれ、地域の家屋を浸水。4.92mの高さの津波が記録されました。
諏訪神社境内には沼ノ内の海岸から砂を運び入れ、地震で壊れた鳥居と狛犬を使ったモニュメントが設置されており、震災の記憶を後世に伝えています。
 
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塩屋埼灯台

塩屋埼灯台

120年の歴史~今も私たちを見守り続ける光~

塩屋埼灯台は1899(明治32)年に、塩屋埼航路標識事務所として開設されました。
灯台の白と太平洋の海の青さとのコントラストが詩情を誘う景勝地として、全国各地から観光客が訪れる市内有数の観光地です。
「日本の灯台50選」に選ばれており、見学できる灯台としても知られています。
また、映画「喜びも悲しみも幾歳月」や美空ひばりさんが大病からの復帰作となった「みだれ髪」の舞台ともなりました。

東日本大震災では被害を受けましたが、2011(平成23)年11月30日には9か月ぶりに再点灯し、「希望の光」として地元の方々を励ましました。
平成26(2014)年2月22日より一般公開を再開し、2019(令和元)年12月15日には初点灯から120年を迎え、記念イベントが催されました。
「とよまの灯台」と呼ばれ、いわきのシンボルとして親しまれている塩屋埼灯台。
様々な困難を乗り越え、未来も照らし続けています。

「私たちの (き)記憶を (み)未来に (と)共に届ける」
タイムカプセルには、勿来地区の東日本大震災津波被災者が自身の体験を語る、642名の音声・映像記録が収納されています。タイムカプセルで後世に記録を残すことで、地域の防災と将来起こりうる災害を最小限の被害に抑えることを目的としています。

名称は公募で選ばれた「私たちの (き)記憶を (み)未来に (と)共に届ける」の願いが込められた「きみと」と名付けられました。
東北地方太平洋沖地震から1か月後の4月11日午後5時16分、直下型地震「福島県浜通り地震」が発生しました。
井戸沢断層の地下約6kmでおこり、マグニチュード7.0、最大震度は震度6弱を記録しました。
この地震により、井戸沢断層(いわき市田人町旅人字滑石地区~田人町石住字綱木地区)14kmのエリアに断層崖が出現しました。
この断層は海溝型超巨大地震に誘発されて内陸活断層が活動して出現した日本初の正断層型の地震断層で、平成28年5月2日にいわき市の天然記念物に指定されました。
台エリア
県道を横断した断層が道路脇に出現。
塩ノ平エリア(1)
尾根上に高さ2mの断層崖が出現。
 
塩ノ平エリア(2)
断層崖は竹林内の斜面を通過。当時、市道には2mの段差が出現。
 
斉道エリア
熊野神社の参道沿いにある断層崖。
 
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標準木のイチョウ

標準木のイチョウ

田人地域振興協議会では地震を後世に伝えるため、地震発生の4月11日午後5時16分にあわせ断層地表表土地にイチョウの植樹と標柱設置を行っています。